「何らかの検閲に引っかかって,グーグルの検索ひっかからなくなったー」
みたいなことを「グーグル八分」と表現していた。英語では「Censorship by Google」と言うらしい。ババっと見た感じ2006年頃からちらほら出てきたような印象。体感でも2007,8年くらいには割と一般的に使っていたように記憶している。
インターネット上の検索で情報を得る。今や物事を調べるとき,これをしないということの方が珍しい。ならば人々の知識の多くは「検索上にあるもの」で構成されているといって過言ではない。すなわち検索エンジンが結果に表示しなければ,ほとんどはその知識の俎上にあがらない。機密を隠し,人々の見識を誘導し,コントロールすることも可能であるとは,しばしば取沙汰されることである。かといって一般大衆がとりうる有効な手段は,殆どないといっていい。せいぜい情報の取得元を多く持とうということ位だろう。これでさえ誰かが強烈な検閲を強いてしまえば,情報は断絶される。正しい情報を持たず,正しい検討を行うことは不可能である。だから国家権力による検閲は体裁憲法上禁止されている。強権の暴走を抑止するという意味でもそれくらい知る権利は重要視されているということである。
憲法 第二十一条
1、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2、検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
憲法の埒外にあるGAFAのような強権が恣意的な情報提供をしているか否かは,都市伝説臭くて適切に取り扱うことは難しいけれど,その可能性を前提に思考することが冷静なふるまいであろうとは思う。提示された情報から,提示されていない立場を想像し仮説立てることはいつの時代も重要なはずなので。
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グーグル八分って言葉を久々に目にしたときに,「村八分」の二分って「葬式と火事」だけれど,八分ってなにだろうってふと思ったのでメモ。
葬式の世話が除外されるのは、死体を放置すると腐臭が漂い、また疫病の原因となるためとされ、また死ねば生きた人間からは裁けないという思想の現れともいう。また、火事の消火活動が除外されるのは、他の家への延焼を防ぐためである。なお、残り八分は成人式、結婚式、出産、病気の世話、新改築の手伝い、水害時の世話、年忌法要、旅行であるとされる。
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%85%AB%E5%88%86