「瀟洒」という垢ぬけた様で

特に古い小説なんかを読んでると,唐突に見慣れない漢字に出会う。学習時に暗記に悩まされる小中学校時代には,読めなくとも生活には困らないと独り言ちて,難語を敬遠しがちだけれど,読めた方が文章独特の空気感に触れることができるし,自身が用いるならば,つづる文の美学に感性が尖る。

ストーリーや描写に加えて,表現方法や文の在り方にまで創作の手は及ぶから,それぞれの興味深さの萌芽を育てられる大人に出会えれば,人生はまた更に面白い。

「瀟洒」って漢字にはそういう思い出が詰まっている。
薫陶,矍鑠,膾炙あたりも同じ。

こういう漢字を初見から意味をドンピシャで理解できる人っているんだろうか。明治・大正・昭和初期の人って普段からこういった漢字が身近だったんだろうか。なんとなーく文脈から理解するって感覚は今も昔も変わらないのだろうか。

今ほど検索するツールが整っていないだろうし,調べるのが大変で,意味を調べるに至った人って少ないと思うんですよね。

漢字との向き合い方は時代それぞれ。
調べるツールが躍進した現代だからこそ,より広い漢字へのリーチが進められるように思う。