「仇桜/徒桜」と言えば親鸞

「仇桜」は咲いてはすぐ散る桜を指して,はかなさの例えに使われる。
桜そのものの絵になる存在と,音・響きの良さが相まって,とても魅力のある熟語。

明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

「仇桜」をキーワードに調べると最初に出るのが上の親鸞上人が詠んだとされる歌。明日も咲いていると思い,見ることを先延ばしにしたけれど,夜中に嵐が吹いて散ってしまった。物事を先延ばしにしてそのチャンスを逃してしまう,明日に自身の命があるとは限らないという世の常と,はかなく散る桜を重ねた表現に,多聞に漏れず惹かれてずっと頭に残っている。

親鸞がこの歌を詠ったのは9歳の時らしい。

蕾には蕾の良さがあるとは思うけどね。